――6月18日(木)
――
図書室
――
今日も今日とてスウに数学を教えてもらっている。
スウ「それでね、等比数列の和の公式を使うんだよ」(デフォ)
シキネ「うん」
スウ「n→∞にするとこの部分が0に収束するよね」(デフォ)
シキネ「たしかに」
スウ「だから、この数列を無限に足し続けると、和は4/3に収束するわけ」(デフォ)
シキネ「おー!」
スウ「ピンときた?」(微笑)
シキネ「うん、ピンときた」
スウ「よかった」(笑顔)
シキネ「でも……」
スウ「?」(きょとん)
シキネ「等比数列の和の公式ってなんだっけ……?」
スウ「……」(呆れ)
シキネ「てへへ」
スウ「めんどくせー」(呆れ)
「めんどくせー」と言いつつも教えてくれるスウは本当に面倒見が良いんだろうな。
スウ「すぐまた期末テストなんだから、ちょっとは気を引き締めてよ」(呆れ)
シキネ「あれ、今日って何日だったっけ?」
スウ「え……」(デフォ)
シキネ「18だっけ」
スウ「そう……6月18日……」(デフォ)
シキネ「ってことは、期末まであとちょうど一ヶ月くらいか」
スウ「そうだね……」(苦笑)
シキネ「……ん?」
スウ「……?」(きょとん)
シキネ「どうしたの……?」
スウ「えっ、いや、なんでもないけど?」(デフォ)
シキネ「……そっか」
スウ「うん……」(苦笑)
……ん、なんだ。どうしたんだろうか。ちょっといまスウが挙動不審だったような気がしたけれど……。まあ、気にすることもないか。
シキネ「それにしても無限ってなんだか不思議だね」
スウ「ん、なになに、どういうところが?」(デフォ)
シキネ「だって無限に足しているのに和は無限にならないんでしょ?」
スウ「そうそう」(笑顔)
シキネ「なんかあったよね、なんだっけゼノンの……」
スウ「ゼノンのパラドックス」(笑顔)
――
――
――スウによるゼノンのパラドックスの解説――
ゼノンのパラドックスというものは全部で4つあります。
・二分法
・アキレスとカメ
・飛んでいる矢は止まっている
・競技場
だいたいどれも同じようなことを言っているんだけど、例えば「二分法」というのはこんなお話になります。
――二分法――
スウ「例えば、シキネが駅から学校まで歩くとするよ」(デフォ)
駅--------------------------------学校
○
シキネ「うん」
スウ「歩いていれば必ずちょうど半分までたどり着くよね」
駅---------------|----------------学校
○
シキネ「うん」
スウ「そして歩いていればそこからさらに半分だけ進んだ点も通るはずだ」
駅---------------|-------|--------学校
○
シキネ「うん」
スウ「そこからさらに半分だけ進んだ点も」
駅---------------|-------|---|----学校
○
シキネ「うん……」
スウ「さらに半分……」
駅---------------|-------|---|-|--学校
○
シキネ「……」
スウ「さらに……」
駅---------------|-------|---|-||-学校
a○ ←この点をa点とする
↓拡大
|---------------|----------------学校
a ○
|---------------|-------|--------学校
a ○
|---------------|-------|---|----学校
a ○
|---------------|-------|---|-|--学校
a ○
|---------------|-------|---|-||-学校
a b○
↓さらに拡大
|---------------|----------------学校
b ○
|---------------|-------|--------学校
b ○
|---------------|-------|---|----学校
b ○
|---------------|-------|---|-|--学校
b ○
|---------------|-------|---|-||-学校
b c○
↓さらにさらに……
……。
…………。
………………。
シキネ「半分こを無限回繰り返すんだね」
スウ「そういうこと」
スウ「……はい、そういうわけで、シキネは学校にたどり着くまでに無限個の点を通らなければいけないわけです」(伏目)
シキネ「無限の時間がかかると?」
スウ「そういうこと。だからシキネが学校にたどり着くことができない」(デフォ)
シキネ「なんだって! それはある意味嬉しい!」
スウ「……というのがこのパラドックスの主張」(伏目)
シキネ「なんだか含みのある言い方だね」
スウ「そう。数学的に言えばこのパラドックスがパラドックスではないことを示すことができる」(デフォ)
シキネ「どうやって?」
スウ「さっきやっただろ」(呆れ)
シキネ「そっか」
――無限に足し続けてもその和が無限大に発散するとは限らない
シキネ「証明は?」
スウ「自分でできるはず。やってみて」(デフォ)
シキネ「まあ……今度やるわ……」
スウ「今やれよー」(不満)
――ガシッ
……蹴られた。
蹴られたので証明してみることにした。
問題;
二分法のパラドックスを数学的に解決せよ
解答;
わかりません
シキネ「わかりません」
スウ「お前考える気あるのかよー!」(もー)
――ガシッ
……再び蹴られた。
図書室で隣どうしですわって……机の下で蹴られている。さっきからわりとガシガシ蹴られている……。まあいいか、こう、ちょっと気持ち良いから!
シキネ「証明の仕方がわからないんだよ」
スウ「こないだシオにいろいろ吹き込まれたんじゃないの?」(きょとん)
[あかほん! 第15話あたりを参照]
シキネ「ええと……まず何をすればいいんだっけ……」
シオ「というわけで偶然図書室にやってきました」(笑顔[閉眼])
シキネ「うおあ、彩里さん!」
スウ「わあシオだ。委員会の仕事は?」(驚愕)
シオ「さっき終わったよ」(笑顔[開眼])
チカ「……」(デフォ)
よく見たら彩里さんと一緒にチカちゃんも来ていた。中間テストの化学特訓以来、チカちゃんは度々こうして顔を見せるようになっていた。
シオ「というわけで、証明をしよう」(笑顔[閉眼])
問題;
二分法のパラドックスを数学的に解決せよ
シキネ「まず何をするんだっけ」
シオ「ああだったらいいなってことを見つける」(笑顔[閉眼])
スウ「予想の提起だ!」(笑顔)
シキネ「なるほど」
シオ「この場合はどうだったらいい?」(笑顔[開眼])
シキネ「ええと……」
――無限に足し続けてもその和が無限大に発散するとは限らない
シキネ「これが言いたい」
スウ「もっと具体的に」(デフォ)
シキネ「ええと……学校に行く時間が有限であると言いたい」
チカ「それはパラドックスの解決になっていない」(デフォ)
シキネ「ええ……」
シオ「そもそもだけど、このパラドックスって何がおかしいんだっけ?」(苦笑)
シキネ「ええと……」
シキネ「……」
シキネ「……待った、そもそもパラドックスってなんだっけ?」
スウ「そこからかよー」(呆れ)
――シオによるパラドックスの説明――
パラドックスとは「正しそうな前提と推論から納得し難い結果が導かれること」を言います。「前提」や「推論」という言葉も前に話したので一度確認してみてください。[あかほん! 第15話あたりを参照]
「シュレディンガーの猫のパラドックス」というものを聞いたことがある人もいると思います。とても有名ですね。これは量子力学を研究しているときに指摘されたパラドックスで、「量子力学」という正しそうな前提と推論から「生きている状態と死んでいる状態が重なり合っている猫が存在する」というどうも受け入れ難い結果が導かれるというものでした。
シオ「というわけで、今回の場合は?」(笑顔[開眼])
シキネ「ええと」
――正しそうな前提
シキネ「駅から学校まで歩くのに半分の点を通る。その半分、そのまた半分の点も通る。そのまたまた半分の点もずっと……」
――正しそうな推論
シキネ「半分の点は無限個あるから、駅から学校に行くまでに無限個の点を通らなくてはいけない。無限個の点を通るには無限の時間がかかる」
――納得し難い結果
シキネ「駅から学校に行くまでに無限の時間がかかる。だから学校にたどり着くことはできない」
シキネ「こうかな……?」
スウ「OK……だよね?」(デフォ)
シオ「うん。良いと思う」(笑顔[閉眼])
チカ「OK」(デフォ)
……どうして俺は女子に囲まれながら思考の是非を審査されているのだろう。
シオ「それじゃあ、シキネくんがたてるべき予想は?」(笑顔[閉眼])
シキネ「ええと、これってつまりさ……」
――無限に足し続けてもその和が無限大になるとは限らない
という数学の言葉を使って
――正しそうな前提
――正しそうな推論
――納得し難い結果
この三つのどこかの間違いを指摘する。
シキネ「ってことをすればいいのかな?」
スウ「OK……だよね?」(デフォ)
シオ「うん。良いと思う」(笑顔[閉眼])
チカ「OK」(デフォ)
……OKらしい。
シオ「さて、じゃあどこに間違いがあるかな?」(笑顔[閉眼])
ええと……まずは結果だ。
――納得し難い結果
駅から学校に行くまでに無限の時間がかかる。だから学校にたどり着くことはできない。
実際にはたどり着くことができるんだからこの主張はおかしい。
これは……間違っている!
シキネ「ここだよ! 間違っている」
スウ「そういうことじゃないよ」(デフォ)
シキネ「え」
スウ「この結論は『納得し難い結果』としては正しいでしょう? つまり最後の主張が間違いであるということは『納得し難いけど実は正しい』ということになる」(デフォ)
シキネ「正しくないでしょ?」
スウ「そうだね。だからこの結論が『納得し難い』というのは正しい」(デフォ)
シキネ「なんかややこしいな……」
とりあえずじゃあ、次は前提だ。
――正しそうな前提
駅から学校まで歩くのに半分の点を通る。その半分、そのまた半分の点も通る。そのまたまた半分の点もずっと……。
これはあまり問題ないように思える。理論上半分の点はいくらでも作ることができる気がする。納得出来る。ということは残るは推論。
――正しそうな推論
半分の点は無限個あるから、駅から学校に行くまでに無限個の点を通らなくてはいけない。無限個の点を通るには無限の時間がかかる。
シキネ「『無限個の点を通るには無限の時間がかかる』ここが怪しいね」
シオ「そうだね」(笑顔[閉眼])
シキネ「俺が駅から学校までを歩くとき、無限個の点を通っているのは本当だと思う」
シキネ「だけど俺はその無限個の点を有限の時間で歩くことができるんだ」
シオ「うんうん、じゃあ予想をたててみて」(笑顔[閉眼])
シキネ「わかった」
予想;
駅から学校までの無限個の点を通るのにかかる時間は有限
……だったらいいな。
スウ「OK……だよね?」(デフォ)
シオ「うん。良いと思う」(笑顔[閉眼])
チカ「OK」(デフォ)
ほいきた。
スウ「じゃあ、最初からまとめてみよう」(笑顔)
問題;
二分法のパラドックスを数学的に解決せよ
解答;
このパラドックスを解決するために一つの予想を立てた。
予想;
駅から学校までの無限個の点を通るのにかかる時間は有限
この予想が証明されればパラドックスは解決する。
シキネ「こういうことだよね!」
シオ「OK」
シキネ「っしゃ」
スウ「じゃあ、次は……」
――数学の出番だね。
スウに教えてもらった数学が大活躍するのはまた別の話。
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