――5月7日(木)
――
教室
――
シオ「まずは、数学の証明っていうのが何をやっているのかを整理しよう!」(笑顔[閉眼])
シキネ「かゆいところに手が届く!」
――数学の証明でやっていること。
(1)「ああだったらいいなということ」を見つける。(予想の提起)
(2)「既にわかっていること」を持ってくる。(前提条件の整理)
(3)「こうだったらああなるというルール」に従って「既にわかっていること」を並べる。
これを繰り返した末に「ああだったらいいなということ」を導く。(ルールに従った推論と証明)
シオ「ちなみに、証明が成功したとき、”予想”は”定理”になるんだよ」(笑顔[閉眼])
シキネ「ごめん、さっぱりわからない」
シオ「まあ、そうだよね……」(苦笑)
シオ「それじゃ、具体的な例で確認してみよ?」(笑顔[開眼])
シキネ「かゆいところに手が届く!」
――数学の証明の例
(1)[予想の提起]
yが整数のとき、y^2+2は5では割り切れない。(……と思う、だったらいいな)
(2)[前提条件の整理]
①yは整数である。
②一の位が0でも5でない整数は5で割り切れない。(当たり前)
③ある整数を二乗したときの一の位の数字は0,1,4,5,6,9のいずれかである。(当たり前……じゃないかも)
(既にわかっていること)
(3)[ルールに従った推論と証明]
①、③よりy^2の一の位の数字が0,1,4,5,6,9のいずれかであるから、y^2+2の一の位の数字は1,2,3,6,7,8のいずれかになる。すなわちy^2+2の一の位の数は0でも5でもない。
②よりy^2+2は5で割り切れない。(導けた)
シオ「こんな感じかな」(笑顔[閉眼])
シキネ「かゆい!」
シオ「え」(きょとん)
シキネ「二カ所かゆい!」
シオ「二カ所わからないことがあるってことね」(苦笑)
シキネ「まず、ルールってなんですか」
シオ「そうだね、じゃあ、この部分」(デフォ)
①、③よりy^2の一の位の数字が0,1,4,5,6,9のいずれかであるから、y^2+2の一の位の数字は1,2,3,6,7,8のいずれかになる。
シオ「なんで”y^2+2の一の位の数字は1,2,3,6,7,8のいずれかになる”か言える?」(笑顔[開眼])
シキネ「なんでって……2足したからでしょ?」
シオ「そんなルールあったっけ?」(苦笑)
シキネ「え……ルールも何も2足したら2増えるでしょ?」
シオ「うん、数学の場合はその感覚でいいと思うよ。2を足したら2増えるのが当り前、これがルールなんだよ。みんな口に出して言わないけどね」(苦笑)
シキネ「……まだよくわからない」
シオ「例えば、2足したのに1しか増えなかったり3増えたりしたらルール違反って感じがしない?」(きょとん)
シキネ「うーん……」
シオ「それじゃ……このことについてはあとで話すよ」(苦笑)
シキネ「OK……じゃあ、もう一つの質問。(2)の③が当たり前じゃありませんので証明して下さい」
シオ「自分でやってみて下さい」(笑顔[閉眼])
シキネ「ぴゃー」
――数学以外の証明っぽいことの例
(1)[予想の提起]
Sくんは犯罪者である。(……と思う、だったらいいな)
(2)[前提条件の整理]
①公園で赤いランドセルが盗まれた。(事実)
②Sくんは事件が起きたときに公園にいた。(事実)
③Sくんはいわゆるロリコンだった。(事実)
④Sくんは明らかに何かを持っているが、それを後ろに隠している。(事実)
(既にわかっていること)
(3)[ルールに従った推論と証明]
①より、赤いランドセルを盗んだ者が少なくとも1人いることがわかる。
②よりSくんは赤いランドセルを盗むことが可能である。
③よりSくんは赤いランドセルを盗む必要性を持つ。
④よりSくんが持っている物は何か隠さなければいけない物である。
これらより、赤いランドセルを盗んだ者はSくんである。
よって、Sくんは犯罪者である。
(導けた)
(4)[検証]←new!
検察官のシオは(3)の推論をもとにSくんに確認をとった。
シオ「盗んじゃったの?」(苦笑)
S「ちちちちちちちちちちちちちちち違うよおおおお!!!! 違うんだよお!!!?」
シオ「盗んだんでしょ?」(苦笑)
S「盗みました。ごめんなさい」
検証の結果(3)で行われた推論が現実に即していることが実証された。
(推論の確からしさの実証)
シオ「こんな感じ」(笑顔[閉眼])
シキネ「ロリコンが犯罪者だなんておかしいよ!!!!!!!!」
シオ「例え話だから!」(苦笑)
シキネ「見守っているだけでいいんだよ! 手は出さないんだよ!!」
シオ「わかったよ!」(苦笑)
シオ「とにかくね、現実の物事を証明したかったら(4)のような検証が必要なんだよ」(デフォ)
シキネ「たしかになんか増えていたね、でも、なんで?」
シオ「数学や論理学は現実を記述するのに使われる言語ではあるけど、現実そのものとは異なるからだよ」(デフォ)
シキネ「……さっぱりわかりません」
シオ「どんなに理屈をこねても現実と違っていたら意味がないってこと」(苦笑)
シキネ「あれか……あの……騎乗位」
シオ「……机上の空論……かな」(苦笑)
シキネ「……」
シオ「……」(悲しみ)
――今日は帰りに練炭を買って帰ろう。
シオ「何か質問ある?」(苦笑)
シキネ「えっと……例えば、俺……じゃなくてSくんが持っていたのは実は盗まれたものとは別のランドセルで、真犯人が別にいた、ってことはないの?」
シオ「あると思うよ」(デフォ)
シキネ「じゃあ、もしそうだったら(3)の推論は成り立たないの?」
シオ「いや、成り立つよ」(デフォ)
シキネ「……どっちにしろ俺……Sくんは犯罪者だと……」
シオ「違う違う、卑屈にならないで」(苦笑)
シオ「(3)は(2)の前提条件のもとでは正しい推論なんだよ」(デフォ)
シキネ「あ、なるほど」
シオ「例えば④の条件を”④Sくんは何ももっていなかった。”に変えて”⑤Sくんはプリキュアが大好きで、彼女達のように心の優しい、正義感の強い人間を目指していた。”っていう条件を加えたら推論の結果も変わってくると思うよ」(笑顔[閉眼])
シキネ「プリキュアを見ていると優しい気持ちになれるよね、犯罪なんかしないよね」
シオ「それで、さっき言っていたルールの補足をしたいんだけど、シキネくんは結論の部分の”赤いランドセルを盗んだ者はSくんである。よって、Sくんは犯罪者である。”の部分に違和感がなかった?」(デフォ)
シキネ「違和感かあ……うーん……」
シオ「もしかしたら当たり前過ぎてわからないかもしれないけど、ここには”物を盗んだら犯罪になる”っていうルールが隠れているんだよ」(デフォ)
シキネ「え、そういうこと?」
シオ「もし、落ちている物を取っても犯罪にならない国だったらこの推論は成り立たない。なぜならルールが違うから」(デフォ)
シオ「他にも、”現場にいた者が容疑者”とか”ロリコンは赤いランドセルを盗む”とかいろいろなルールが隠れているよ」(苦笑)
シキネ「おかしいよ! 盗まないよ! 偏見だよ!」
シオ「うん、そうだね。日常で選ばれているルールっていうのはみんなに妥当だと信じられている偏見、つまり”普遍的な偏見”なのかもね」(苦笑)
シキネ「そうなの?」
シオ「世の中が素敵な紳士さんで溢れたらもっといい偏見になるかもね」(笑顔[閉眼])
普遍的な偏見か……確かに言われてみれば”物を盗んだら犯罪になる”っていうのだって偏見なのかもしれない。だって、欲しい物を手に入れる自由は誰にでもあるはずだ。もしかしたら神様に聞いてみると「もっとじゃんじゃん盗めよwww」とか返ってくるかもしれないよね。……だけど、きっとみんな盗まれたら嫌だからこのルールが作られたのだろう。そしてみんなこのルールの選択が「妥当」だと思っているから俺も誰も特に疑問も持たずに従っているのだろう。
シキネ「俺も……盗もうかな、赤いランドセル」
体言止め。
シオ「社会の中で生きているんだからルールを破るのはやめよ……? 損するよ」(苦笑)
その通りですね。俺は破るならもっと別のものを破りたいです、膜とか。
シオ「はい、私からは以上です」(笑顔[閉眼])
シキネ「よし、いっちょやってみるよ」
こうして俺は彩里さんのアドバイスを得て、一限のあいだ授業も聞かずに証明を組み立てたのだった。
――俺の予想:スウは友達が少ない。の証明
(1)[予想の提起]
スウは友達が少ない(……と思う、だったらいいな)
(2)[前提条件の整理]
①スウはいつも彩里さんの席にやってくる。(事実)
②スウは勉強会以外の友達と一緒にいない。(事実)
③スウはあまり積極的な性格ではない。(事実)
④スウは数学の話をしているとき以外楽しくなさそうに見える。(事実)
⑤普通の人は数学の話で盛り上がらない。(常識)
⑥会話がはずまないと友達にはなれない。(常識)
(既にわかっていること)
(3)[ルールに従った推論と証明]
①よりスウは自分のクラスに話し相手がいないことがわかる。
②よりスウは勉強会の友達を除いて、クラスの外でも友達がいないことがわかる。
④、⑤より普通の人はスウとの会話がはずまないことがわかる。このことと⑥、③よりスウはこれまでもこれからもうまく友達を作ることができないことがわかる。
これらより、スウは学校に勉強会以外の友達がいなく、この状況がこれからも継続していくことがわかる。
よって、スウは友達が少ない。
(導けた)
シキネ「できた……」
俺にも証明ができた。なんだこれ、嬉しい。そして面白い。これで合っているのかわからないし、①のあたりのルールとかだいぶ偏見が混じっている気がするけど……。あと、これだと”スウは友達が少ないin学校”って感じになっちゃうのかな……。まあでも、こんなものなんじゃないのかな!?
――
廊下
――
――さて、それでは仕上げをしよう。
――
教室
――
(4)検証
シキネ「ねえねえ、スウって友達が少ない?」
スウ「え……?」(きょとん)
シキネ「ねえねえ、少ないでしょ? 少ないよね? ねえねえ」
スウ「……まあ、多くはないと思うけど」(うしろめたい)
シキネ「少ない? 少ないのかそうでないのか応えて」
スウ「……なんで」(嫌そう)
シキネ「知りたいんだよ」
スウ「……少ない……と思うけど」(嫌そう)
シキネ「やった!!」
スウ「……は?」(嫌そう)
シキネ「やっぱりスウは友達が少ないんだね!」
スウ「なんなだよもう! 帰れよバカ!」(もー)
シキネ「俺はスウの友達だよ!」
スウ「うるさいよバカ!」(もー[涙])
俺とスウの友情物語はまた別の話。
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