――4月20日(月)
――
図書室
――
スウ「わからない……」(困惑)
シキネ「え」
スウ「教え方がわからない……」(うーん)
シキネ「わからないの?」
スウ「うーん」(うーん)
スウ「一つ思いついたけど……」(うーん)
スウ「でもかなり苦しい気がする……」(うーん[汗])
スウはルーズリーフに○を書いて繋げて、数珠みたいな輪っかと、ミミズみたいな曲線を書いた。
スウ「まずね、始めに言っておきたいんだけど、『接線』というものは微分を使って定義されるんだよ。だから、微分をすることで接線が求められるというよりは、接線は微分した結果といった方が適切なんだ」(デフォ)
シキネ「でも……」
スウ「でも、シキネが気になるのはきっと『接線のような直線がなぜ微分で導けるのか』ってことでしょ? 『接線の導き方』をどのように解釈すればいいのか、それをこれから説明するね」(デフォ)
シキネ「お……おう」
なんだか、もう帰りたくなってきたけどここは我慢しよう。
[数珠の図]

スウ「見て、こっちの数珠みたいな図の方。これが地球のモデル、○を並べて作った円だとするよ」
スウ「○のうち、二つだけを繋いでこの円の接線を引いてみて」
――二つだけを繋いで接線を引く。
うーん……。
シキネ「うん」
スウ「わかったかな?」
スウ「下から2番目にある○を基準としてみるよ」
スウは基準の点を塗り潰して●にした。
スウ「例えば、上から1番目の○と、この●を繋いでみたとする、あたりまえだけどこれじゃ全然接線じゃないね。なんというか……」

シキネ「お団子みたいだ……」
スウ「φみたいだ……」
スウ「まあ、こんな感じで●と他のいろいろな○を繋いでみよう」
スウ「そうすると何がわかる?」
シキネ「これなら俺にもわかる。下から1番目にある○と3番目にある○と繋いだときだけ接線っぽくなる」

スウ「それはつまり●の両隣にある○、最も近くにある○と繋いだときだけ接線が引けそうだということになるよね」
シキネ「うん」
スウ「両隣以外の○と繋げようとすると、○で作った円と交わってしまうからね」



スウ「それじゃ、次はこっちのモデル、○を並べて作った曲線」
[ミミズの図]

シキネ「なんだ、ミミズかと思ったよ」
スウ「ミミっ……まあ、ミミズでもいいけども……」
スウ「じゃあ、この図ではこの○に注目します」
スウはミミズの真ん中あたりにある○を黒く塗り潰して●にした。
スウ「それじゃあ今度はこの●の周りで微分してみるよ。●の名前をAとしよう」
シキネ「え、微分?」
スウ「このミミズ……の頭をXと名付けて、Aと線で繋げます。そしてXをどんどんAに近づけていきます」



シキネ「え、あれ、そういうことなの?」
スウ「XはAとは重なることが出来ないので『Aに最も近い右隣』まで来て止まります」
スウ「このとき……」
――AとXを繋いだ線は接線になっています。
スウ「さっきの例で説明したとおりね」(デフォ)
スウ「どう……かな……?」(苦笑)
――自分の頭の何かが構築される感じがした。
――あと少し。
――もう少し。
シキネ「もしかして、この○をもっとずっと極限まで小さくしてもっとたくさん並べたらさ……」
スウ「そう……」
――私たちがいつも見慣れている曲線になるよ。
スウ「逆に言えばこのミミズは曲線を大きな大きな倍率で拡大して見たものってことになるよね」
――その言葉を聞いて、自分の頭の中で「微分」が完成した。
――まだ何かが足りないかもしれない。
――余計な部品が挟まっているかもしれない。
――だけど、これでいったん完成だ、とそう思えたのだ。
俺はきっとこの言葉をこんなに噛み締めて言うのは初めてだと思う。
――「わかった」
――わかった気がする……。
シキネ「ある点AにXを限りなく、極限まで、これ以上近づけないすぐそばまで近づけていく。近づけてAとXを結ぶのが微分で、直線AXが接線……」
シキネ「……そういうことかな?」
スウ「おおー、伝わった」(笑顔)
スウ「言いたかったことが伝わったよ」(笑顔)
シキネ「本当? あってる?」
スウ「だいたいあっているよ」(笑顔)
「だけど補足」と言ってスウはまたペラペラと話し始めた。
――スウによると――
さっきの例ではわかりやすさのために曲線を○のような有限の要素の集合としたので基準の点Aに「最も近い点を決めることができた」。だけど、普通俺たちが微分で扱う実数の世界では、実は「最も近い点を決めることができない」らしい。この違いから計算方法も前者と後者で異なることになる。前者の方を「差分法」と言い、後者の方を「微分法」という。前者のようによく見ると連続していない世界を「離散的」だと言い、後者のような世界をそのまま「連続的」であると言う。実数の世界は連続的ってことでみんな納得しているらしい。
離散的な世界ではAに「最も近い点を決めることができる」、一方で連続的な世界ではAに「最も近い点を決めることができない」、これはどういうことなのか? 整数の世界は離散的である。だから例えば『0に最も近い整数は?』という問題が出されたとき、誰もが簡単に『1と–1』と答えることができる。だが実数の世界ではそうはいかない。『0に最も近い実数は?』という問題が出されたとき『1』と答える人はまずいないだろう。1よりも1/2の方が0に近いし、1/2よりも1/3、1/42、1/5000……と、いった具合である。どんなに0に近い実数を見つけることができても、すぐにそれよりさらに近い実数が見つかる。どれが一番近いのかを決めることはできない。
これと同じようなことが微分でも起こっている。数珠の例のように最も近くにある点と結んだときにだけ接線はできるが、連続的な世界ではその点を決めることができない。だから極限をとる。
シキネ「そうか……XはAと同じと見なして計算できるくらいにAに近づくんだけどAとは違う点なんだね。だから二つの点を結んだ直線、つまり接線が決まるのか」
スウ「そう、二点は重なってないの」(苦笑)
そのあともスウは「でもシキネの極限の捉え方がまだちょっと甘い」とか言って、「『同じと見なす』というよりは『同じ』なんだけどそれは目標地点の話だから……」とかなんとかつらつら言っていたが俺の頭は既にパンク状態だったので何を言っているのか全然わからなかった。全然わからなかったけど……微分のことはわかった。
――そう、「わかった」のだ。
なんだろう、この感覚は。「嬉しい」とか「喜び」とかとは少し違う。「満足感」、「達成感」、なんだろう……? よくわからないけれどそれは自分にとって新鮮な感覚だった。
なんだかソワソワが収まらなくって、机の上の紙にたくさん描かれたの曲線の一つをなんとなしに人差し指でなぞってみた。
――こつん
何かとぶつかった。スウの指だ。彼女も反対方向から曲線をなぞっていた。
スウの小さくてしなやかな人差し指。
スウ「私の指とシキネの指、重なっていないけどくっついていて、ほとんど同じ場所にある。そちらを目指して限りなく近づくけど私の指はシキネの指のいる場所にはいけない」
ドキッとした。だけどきっとスウは数学に夢中でそんなことは特に気にしてないだろう。
饒舌モードで数学を語る彼女はどこか数学そのものに似ていた。美しい。
しかし、スウの言葉には少し寂しさを感じてしまった。
例えば人を好きになって、どんなにその人と近づきたいと願っても、その人になれるわけではない。あくまで、最も近い他人でしかない。
他人のことはわからない。だからこそ、知りたくなるのだろう。自分から見て彼女はどのあたりにいるのか、どのくらい離れているのか、どんな人なのか、知りたくなるのだろう。
スウ「……」(デフォ)
シキネ「……」
――もっと君のことが知りたいな、せっかく、こんなに近づけたのだから。
コッコ「お待たせしたわね……ってあら……」(きょとん)
コッコ「あらあらあら……お二人さん……私のいない間に……」(にやにや)
スウ「へっ……こっ、これはっ……!?」(慌て+紅潮)
そして俺が次の電車も逃すかどうかはまた別の話。

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「微分のおはなし」の参考図書
結城浩さん著「数学ガール ゲーデルの不完全性定理」
あともう一つすごくためになった本があったんですが思い出せないですすいません。
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