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あかほん! 第10話「ひたむきで滑稽な逃亡者」

Posted by chloro2236 on 13.2012 あかほん! 0 comments 0 trackback
――4月19日(日)
――
彩里宅リビングダイニング
――

シキネ「えー、この勉強会発足に際しまして、企画と言いますか、元凶と言いますのがまさにこの私、シキネであります。私、生まれは……」

 何をしているかと言えば……まあ、察して下さいよ、自己紹介会ってやつですね。

シキネ「……そして私が十二の頃、中学校に入学しまして、初めて勉学というものと触れ合いました。私も中学の頃は勉学に励んでおりまして、成績も上位をキープし……」

エーコ「ね―、シキネくんって下の名前なんだったー?」(きゃは)

シキネ「え? 俺はね……」

 園崎さんに自己紹介を遮られた。

「シキネくんがオープニングを飾りなよ」とみんなが言うから原稿までおこして挨拶を考えたのに……。だけど、まあ、最初のほうはウケていたチリコとかも小学校の運動会の話あたりから、愛想笑い的な表情をチラつかせはじめ、そろそろ自分でも限界を感じ始めていたところだった。

 それにしても、俺の下の名前、今まで誰も触れてはくれなかった……。
 俺の下の名前はね……。
 下の名前はね……!

エーコ「あ、ごまたまご私にも頂戴!!」(きゃは)

シキネ「……」

スウ「ん、シキネもう終わり? よし、じゃあ次は私だよね」(デフォ)

シキネ「あ、うん……」

 下の名前の話題は流れた。園崎さんとスウの華麗な連携プレーで流された。いいんだ。いいんだ。俺の下の名前なんてみんなどうでもいいんだ。仕方ないことなんだ。
 俺もごまたまご食べたいな……。
 ここは彩里さんのお家、俺が来たのは二回目だ。みんなでお菓子を持ち寄ったりしてお茶をしながら自己紹介会というわけだ。もちろん、この必要なのか微妙な感じのパーティー飾りは彩里さんのスーパー折り紙テクによるものだ。
 そしてスウのターン。

スウ「えーと、いいかな?」(デフォ)

 さわぐ園崎さん。
 はしゃぐ彩里さん。
 バタバタするチリコ。
 わっしょい白石。
 ほとばしる筋肉。

……そこに静寂という言葉は見当たらなかった。

 誰も聞いちゃいねえ、なんてこったい……。

スウ「おーい、始めるよー?」(苦笑)

シオ「うふふっ……え、スウちゃんは別に自己紹介しなくてもいいんじゃないかな? だってみんなスウちゃんのこと知っているでしょ?」(笑顔[閉眼])

エーコ「たしかにー。それよりもチリコの自己紹介が聞きたいなー、ほら、チリコー」(にやにや)

チリコ「あわわわわっ、ちょっ、エーコさんっ、くすぐるのは駄目ですーーっ」(笑顔紅潮)

エーコ「だってチリコの反応が面白いんだもーん」(笑顔)

 園崎さんとチリコがじゃれ合っている……おお、美しい。
 そしてスウはと言うと、しばらくみんなに自己紹介を聞いてもらおうとしていたが、誰も聞く耳を持たない状態にしびれをきらし、

スウ「スウです、数学が好きです!」(不満)

とぶっきらぼうに言って、ぶすっと座って済ました。

 そんなスウをよそに彩里さんと園崎さんはいまだにチリコで遊んでいる。
 白石としゅんじはいつの間にかあや取りを始めていた。
 コッコさんがいれば少しは歯止め役になったかもしれない。あいにくコッコさんは「土日は都合が悪いの」と今日は来ていない。彼女の自己紹介は聞きたかったのだが……。

 ちなみにチカちゃんはここにちゃんといるのだが、微動だにしてない。

スウ「なんでみんな聞いてくれないんだよ……」(涙)

シキネ「俺は聞いていたんだけどなあ」

スウ「じゃあ、せっかくだからシキネだけでも聞いてよ。デモンストレーションにバーゼル問題の証明をここでしようかと思っていたんだ」(苦笑)

シキネ「何それ?」

スウ「まず代数学の基本定理ってわかるよね?」(教える顔)

シキネ「何それ?」

スウ「因数定理とかああいうやつの、まあ、そこは割とどうでもいいから、sinxを冪級数の和の形に展開するんだ、これをテイラー展開って言ってね……」(きらきら)

 スウさん、すごいね。俺が全く理解できないままに証明は続いていった。

スウ「ほら、気づいたらこんなところに収束した値が出るんだよ! これは人類史上最も偉大な数学者レオンハルト・オイラーさんの証明でね、とっても美しいでしょう?」(きらきら)

シキネ「あ……うん……すごいね……」

スウ「……もっと驚きなよ」(きょとん)

 スウが数学の話をするときはとても饒舌で、ハイテンションモードになっている。こんな子のことをきっと数学ガールというのだろう。だが俺には理解できない。

シキネ「ごめん……数学をもっと勉強してから、またいつか話してくれないかな?」

 スウのテンションは塩のかかったナメクジのごとくしぼんでいった。

スウ「どーせ、こんな数学、社会に出たら使わないんだよね。私、知っているから、アハハハハハハハハハハハ」(自虐)

 スウが拗ねた。
 そしてチリコの番が来た。

エーコ「チリコー、がんばー」(笑顔)

シオ「ちゃんと言ったとおりにやってね」(笑顔[開眼])

チリコ「えっ、ホントにやるんですかーーーっ?」(もじもじ紅潮)

エーコ「やって、やって」(にやにや)

シオ「うんうん」(笑顔[閉眼])

チリコ「うう……冴木チリコです……べ、べつに仲良くしてほしくなんか……ないんだからね……」(もじもじ紅潮)

シキネ「……」

白石「……」(真顔)

しゅんじ「……」(真顔)

エーコ「あはははははははっ」(笑顔)

シオ「おかしー」(笑顔[閉眼])

……笑っていたのは彩里さんと園崎さんだけだった。園崎さんたちがいる空間をオーストラリア西海岸だとしたら、このあたりは新潟県の妙高高原だった。白石としゅんじもさすがに冷めていた。
 そもそもチョイスがおかしい。チリコに取って付けたようなツンデレキャラなど不可能だ、果てしなく中途半端な自己紹介だった。
 この温度差、どうしてくれよう……。

エーコ「あ、次は私か。園崎エーコです、ダブっているけど仲良くしてね!」(きゃは)

 だからその、毎回必ず入れる、タブっている~のくだりは必要なんだろうか。俺には女心はわからないが。

白石「白石スケッチです」(真顔)

しゅんじ「アイアムマッスル、ギブミーアエッグ」(真顔)

スウ「……」(まんざらでもない)

 男たちの自己紹介も終わった。ちなみにスウはいつの間にか立ち直っていた。
 そしてチカちゃんの番が回ってきた。チカちゃんが今日初めて口を開くぞ!

チカ「彩里チカです……」(デフォ)

シキネ「……」

白石「……」(真顔)

しゅんじ「……」(真顔)

チカ「……」(デフォ)

――ストン

……座った! 名前だけかよ! もっと自分のことを喋ろうよ!

 そして楽しい時間は過ぎるのが早いらしく……いや、正直楽しんでいるのは西海岸だけだけども……コッコさんがいないため、次の彩里さんで自己紹介もラストということになった。

エーコ「組長! 組長!」(笑顔)

しゅんじ「組長! 組長!」(真顔)

 どこからともなく組長コール、かく言う俺も混ざっているのだが……。

シオ「ちょっと、みんな、そんな呼び方やめてよ」(苦笑)

エーコ「みんな、組長の挨拶だから静かに!」(真面目)

 園崎さんが呼びかける。そのときスウが唇をとんがらせていたのは秘密の話。
 彩里さんの自己紹介が始まる。

シオ「彩里シオです、もとはといえば私がシキネくんに変なこと吹き込んだことが始まり……なのかな?」(苦笑)

シキネ「変なことて……」

シオ「ああっ、悪い意味じゃなくてね。不本意ながらも組長……?になりましたのでこれから頑張りましょっか」(笑顔[開眼])

シキネ「ウ゛オ゛オオオオオオオォォォォ」

白石「ウ゛オ゛オオオオオオオォォォォ」(デス)

しゅんじ「ウ゛オ゛オオオオオオオォォォォ」(デス)

 会場は熱気に包まれ七つのメロイックサインが神の降臨を祝福した。

エーコ「はいはーい、しつもーん!」(笑顔)

シオ「はい、エーコちゃん」(デフォ)

エーコ「シオのご両親が学者さんっていうのは本当? 何の学者さん?」(デフォ)

スウ「あ、私も話聞きたいな、今日は家にいらっしゃらないの?」(デフォ)

 この話題にはスウも食いついてきた。
 だがここで、俺はある異変に気づくことになる。

シオ「え……ああ……」(動揺)

 彩里さんの目は泳いでいた。

シオ「あの……ね」(伏目)

 明らかに動揺している……どうしたんだろう?

チカ「……両親は主に工学者として研究施設に勤めています。今は海外へ出張しているので日本にはいません」(デフォ)

 口を開いたのはチカちゃんだった。さっきまで口ひとつきかなかったチカちゃんがいきなり喋りだしたのでみんな一瞬驚いていたがすぐに調子を取り戻したようだった。

エーコ「そうなんだ、すごいね」(きゃは)

チリコ「すごいです」(デフォ)

 会話の勢いは戻り、話題もすぐに別のものに変わり、もうこの話に戻るようなことはなかった。……というよりはみんなして危険な場所には近付かないようにしていたように思えた、わざとらしく。
 それからはただのお茶会で、ぱっとしない空気のまま勉強の話もしないでお開きとなった。

――

――

 帰り道、スウと二人きりになった。

シキネ「今日は楽しかったね」

スウ「私はあんまり……」(不満)

シキネ「そんなこと言うなよ」

スウ「まあ、楽しかったよね」(苦笑)

 自転車を押すスウの顔が少し俯く。

スウ「ねえ、シキネ……」(デフォ)

シキネ「ん?」

スウ「シオのことだけどさ」(デフォ)

シキネ「……」

――沈黙

 自転車の車輪のカラカラという音がやたらと聞こえてくる。

スウ「ごめん、やっぱなんでもない」(苦笑)

シキネ「うん」

 聞きたい気もしたが、聞きたくない気もした。
 そこに真実があるのなら、もう少しピエロでいたかった。
 このメランコリーな気持ちはどこから来るのだろうか、いつまで続くのだろうか。
 それはまた別の話。

10挿絵-2

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