――4月16日(木)
――
地歴公民準備室
――
[昼休み]
シキネ「こんにちは」
チリコ「はえ?」(きょとん)
いい天気、昼下がり、ちょっくら行ってきた。
シキネ「いやあ、チリコちゃん、ちょっと久しぶり」
チリコ「シキネ先輩……でしたよね?」(きょとん)
チリコと初めてここで会ってから約一週間、「昼休みここに来ていい?」と承諾を得てから初めて、ここに舞い戻った。
なんとか名前も覚えてくれていたようだ。きっと社会科マスターのチリコにとっては人の名前を覚えるくらい雑作も無いことなんだろう。
チリコ「ホントに来たんですね」(デフォ)
シキネ「いやね、学期のはじめは忙しくてね、なかなか来られなくてね」
チリコの表情が驚きから徐々にゆるんでいく様子が見てとれた。驚いて目をぱちくりしているチリコを見ていると、初めてこの子を見た時に感じたことはやっぱり気のせいなんかではなかったように思われる。チリコはずいぶんと大人っぽい顔つきをしていた。顔つきだけしていたと言おう。だけど、背はスウと同じかそれよりもちっこいくらいだし、常に愛想笑いをして目を細めているから、せっかくの大人っぽさも帳消しになっている。きっと、チリコのクラスの連中もこの子のまつ毛がこんなに長いことを知らないだろう。
チリコ「あ、あのっ、今日はどうされたんですか?」(もじもじ)
シキネ「今度は結構真面目に受験勉強の話をしたいんだよ」
チリコ「前は結局お話しただけでしたもんね」(デフォ)
シキネ「それと、俺の受験勉強仲間の集いの話をしたいんだよ」
チリコ「受験勉強仲間?」(きょとん)
チリコはわかりやすく首をかしげる。
俺はチリコを勉強会のメンバーに入れるためにここに舞い戻ったのだ。だって……だってやっとみんなにチリコのことを話せたんだから。
そういうわけで俺は回想しなければならない。
それは昨日のことだった。
――4月15日(水)
――
教室
――
[放課後]
あれ、そういえば今日って勉強会するのかな。昼休みは園崎さんとひたすらワイワイ盛り上がっちゃって全くそんな話は出なかったけども……。
シキネ「ねえねえ、彩里さん、今日の放課後って図書室で勉強するの?」
シオ「ん? んー、どうしよっか」(苦笑)
シキネ「どうしよっかって……」
エーコ「じゃーん、スウちゃん連れてきたよ!」(きゃは)
そんな話をしていると園崎さんが小走りでやってきた。彼女が右手に抱えているのは……ああ、スウか。
スウ「シオ……助けてシオ……」(ぐったり涙)
なんだかよくわからないけども、とりあえずスウは園崎さんの玩具になっているらしい。
エーコ「一緒に帰ろう!」(きゃは)
シオ「勉強会どうする……?」(デフォ)
エーコ「えー、明日からでいいよ」(デフォ)
シオ「じゃあ、明日からにしよっか」(デフォ)
シキネ「俺は別にいいけど……」
エーコ「ようし、じゃあ遊びに行こう!」(きゃは)
シオ「帰るんじゃないのー?」(苦笑)
そして、なんだかよくわからないけれども、彩里さんも園崎さんと波長が合うみたいだった。まあ、波長が合って仲良くチョメチョメしていただくことは俺としては一向に構わないのだが、少しだけ不安になってきた。この俺でさえ不安になってきた。
今のところ「今日はいいや」ばかりで何も進んでいやしない。いや、でも、俺は教えてもらう立場なのだから「ちゃんと教えろよ!」だとか言ってキレみても、それはそれで取り付く島もなくなってしまう。うーん、どうしたものだろうか。まあいいや、どうでもいいや、今日はいいや。
スウ「ねえねえ」(デフォ)
シキネ「ん?」
スウ「社会科は何とっているんだっけ?」(疑問)
シキネ「地理」
スウ「あらら、私もシオも日本史だから教えられないね」(苦笑)
シキネ「え、どういうこと?」
スウ「あれ、シキネに社会科教える人っていたっけ?」(疑問)
ああ、なるほど。彩里さんと園崎さんはぷるるん女子トークの真っ最中みたいだが、スウだけは勉強会のことを考えてくれていたらしい。ちょっとだけ不安が消えた。
シキネ「ええとね……一人心当たりがあるんだよ」
スウ「へえ、どんな人?」(デフォ)
シキネ「二年生」
スウ「は、なにそれ」(驚き)
俺はついに……ついにチリコのことを話す機会を得た。
シキネ「……という感じの地理オタクの二年生に会ったんだよ」
スウ「ふうん……」(デフォ)
シキネ「うん」
スウ「で、どこまでが本当の話?」(苦笑)
あ、こいつ信じちゃいねえ……。
シキネ「全部本当だよ!」
スウ「えー、だって毎日地歴公民教室で資料を読み漁っているなんて常識的にあり得ないでしょ?」(苦笑)
シキネ「いやでも、この目で見たのは確かなんだってば!」
スウ「あれじゃないの?」(苦笑)
シキネ「どれ?」
スウ「ユーレイ」(ホラー)
シキネ「え……」
スウ「地歴公民教室の地縛霊だよ……」(ホラー)
シキネ「……」
スウ「あれ……真に受けちゃった?」(苦笑)
スウが冗談で言っていたということくらい俺にはわかっていたけれど。言われてみれば……チリコにはあれ以来会ってないし、あのときにしたって俺は半ば寝ボケていたように思われる。居眠りしていて、起きたら目の前にいたチリコ。見た目もかなり素朴で、言ってみればどこか古風だったし……彼女が実は昔から学校に住みついているユーレイなんだと言われれば妙に説得力があった。
シキネ「むむむ……」
スウ「おーい、ユーレイなんていないぞー」(ほれほれ)
シキネ「……チリコはユーレイなのかもしれない」
スウ「だからいねえって」(呆れ)
スウはやれやれといった感じで続けた。
スウ「毎日地歴公民教室に行っているんだったら、すぐに会えるでしょ? 明日もう一回行ってみればいいじゃん?」(呆れ)
シキネ「天才」
スウ「ばか」(呆れ)
――4月16日(木)
――
地歴公民準備室
――
そんなわけで俺は今日さっそくチリコに会いに来たのだった。
うん、誰だよ、ユーレイとか言ったやつ、バッカじゃねえの。
チリコが人間であることはほぼ確定したので、万を持してスカウトすることにする。
シキネ「それじゃあ、お話を始めよう」
チリコ「はい」(きょとん)
シキネ「18……これが何の数字だかわかるかい?」
チリコ「……いえ」(きょとん)
俺は俺が俺の低学力さゆえにきゃぴきゃぴの新教科担任を招き、「彩里★乙★勉強会(仮)」を結成するハメに(させられるハメに)なった旨を説明した。ちなみに星が黒いのは彩里さんのイメージカラーが黒だからだ。
チリコ「先輩達、頑張っているんですね!」(デフォ)
シキネ「ああ……おうよ」
今まで受けてきた残念リアクションとは一味違っていて、これはこれで内側から身体を蝕んでいくタイプのバイオ攻撃のように思えた。つまり辛かった、情けなかった。
チリコ「そして……先輩ってお友達がたくさんいるんですね……」(自虐)
シキネ「……いなそうに見えた? しょ、小学校の時点で軽く百人はいたかな、へへへっ」
盛った。盛ってしまった。友達なんて白石としゅんじしかいない。チリコはすごい、意図的では無いかもしれないが俺の心の柔らかい場所を好んで締め付けてきやがる。つまり辛かった、情けなかった。
チリコ「いいですね……お友達……」(遠い目)
チリコはそう言いながら、決して手の届かないどこか遠くを眺め始めた。
シキネ「あれ……もしかして、チリコって……友達いない……?」
――ガク
チリコの周りだけ照明が落ちたようだ。
チリコ「やっぱりわかりますか? そりゃそうですよ、毎日こんなところに来ているんですもん、いるわけがないじゃないですか」(自虐)
やっぱり、チリコもそうだったらしい。
そう、俺には友達がいないやつがわかる。友達ができないメカニズムを知っているからだ。友達ができないやつの後ろには「友達なんていりません」というプラカードが立っているのだ。本人がそれに気付いているか否かは関係ない。立っているやつには立っている。自分で撤去しない限り立ち続けるのだ。俺はそれに気が付くことができた。気が付いた上で、撤去するのを諦めたのだが……。
シキネ「チリコ……顔を上げろチリコ」
チリコ「……はい」(自虐)
でも、だからこそ今日の話題にも日が当たるというものだ
シキネ「本題に戻ろう。つまりだ、チリコにも是非来てほしいんだ」
チリコが固まる、目をパチパチ。
チリコ「え……三年生の方々と一緒に勉強するんですか?」(きょとん)
シキネ「そりゃあ、もちろん」
チリコ「はわわわわっ、絶対無理ですよっ!?」(慌て)
シキネ「ああ、でもメンバーには二年生もいるよ」
チリコ「……ちなみにどなたが?」(きょとん)
シキネ「彩里チカちゃんですね」
チリコ「……」(デフォ)
シキネ「……」
チリコ「……」(きょとん)
シキネ「……」
チリコ「……一人だけですかっ!!?」(慌て)
シキネ「まあほら……みんな親しみやすいし」
チリコ「関係ないですよ!」(もー)
シキネ「ええ……駄目?」
チリコは顔を赤くして俯いてしまった。やっぱりいきなり三年生ばかりの勉強会に参加してくれというのは無理があったのだろうか。
……にしても本当に小動物みたいな子だなあ。小さい。いろいろ小さい。いろいろ……。
シキネ「ちなみに……下着のサイズは?」
初めの一歩が次の二歩、三歩へと繋がるのはまた別の話。
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