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電車
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今日は座れなかった。
そういえば噂の留学生のことなんてすっかり忘れていることに気付いた。スウ曰く「すっごい美人」だそうだし、楽しみではある。
……でもなんだかんだ言ってスウだって美人だよな。なんていうか、凛々しいよ、うん。
ホワワーンとそんなことを考えていると股間に違和感がした。何かが当たっている、手か? そう思うが早いか手は動きだした。しかも明らかに俺の男の勲章を弄んでいる。
シキネ「あんっ、ちょっ……そこは……」
手は止まらない。雄々しく天を目指すそれは窮屈な社会の窓から顔を出せないままに力尽きようとしている。手は止まらない。
シキネ「ら、らめええぇぇぇえええぇぇ!!」
??「この人痴漢です!」(怒り)
俺が絶頂を迎えようとしたとき、彼女がその汚らわしい手をつまみ上げた。セミロングの髪の毛、モデルのような容姿、なにより美人。快活で透明感のある声が俺の股間にはびこるクトゥルフを引っぺがした。
辺りはざわめいた。そして誰もが首をかしげた「え、誰が誰に痴漢したの?」と。そしてその隙に痴漢をはたらいていた男は逃げていった。
??「あっ、もう! あはは……犯人逃しちゃった」(てへぺろ)
助けてくれたのは女子高生だった。というかよく見たらうちの高校の制服じゃないか。向こうもこちらに気づいたらしく、話しかけてきた。
??「あれー、同じ学校じゃん。えっと、私、今日こっちに戻ってきた園崎エーコです、ダブっているけど仲良くしてねんっ」(笑顔)
シキネ「戻ってきた……? あ、もしかして噂の留学生の?」
エーコ「噂……になっているのかな」(苦笑)
シキネ「ああ、初めまして! いや、その前にありがとうございました、か」
エーコ「当然でしょ。まあ、なんていうか、あんなやつ日本にもいたんだね……」(笑顔→苦笑)
シキネ「やっぱり……向こうは激しいんですか?」
エーコ「ん、激しいって?」(きょとん)
シキネ「あ……いや、なんかいろいろと」
エーコ「んふふ、激しいよー。イロイロと、ね」(にやにや)
うう……こ、これが歳上の魔力か。このままじゃ首から上を持っていかれそうだ。
エーコ「さっきみたいなのもいっぱいいるしね」(笑顔)
シキネ「さっきみたいな……ああ……」
エーコ「うん……」(悲壮)
とても切なくなった。
エーコ「まあ、同じ学校なんだしっ、今日のことは忘れてさ、学校で会ったりしたら声かけてよ! 私も声かけるからさ。そういえば君って何年生?」(笑顔→疑問)
シキネ「三年生です」
エーコ「あぁーっ! じゃあ敬語禁止! 同級生なんだから、ね?」(ぷんぷん→笑顔)
シキネ「はい……あ、うん」
エーコ「あは、よろしい。名前教えてよ」(笑顔)
シキネ「シキネです……あ、シキネだよ」
エーコ「シキネくん? うん、いい名前」(大人の笑顔)
シキネ「どうして?」
エーコ「どうしても。あ、じゃあ私ここで降りるから、じゃねー、また明日!」(笑顔)
シキネ「ばいばい」
……すごい。あれはすごい美人だった。ありゃ美人だ。しかもいい人だ。年上もアリだなあ。やった、知り合っちゃったよ。美人と知り合っちゃったよ!!
――4月15日(水)
――
教室
――
[昼休み]
シキネ「あれ、今日スウは?」
シオ「来てないねー、シキネくんちょっと見てきてよ」(笑顔[閉眼])
シキネ「え、なんで俺が?」
シオ「にこにこ」(笑顔[閉眼])
シキネ「……行ってきます」
コッコ「あ、あれよ……またよ」(焦り)
コッコさん、負けないで、もう少し。
――
廊下
――
とりあえず、様子を見てこよう。
――
教室
――
シキネ「おーい」
すると聞き覚えのある透明で元気ハツラツな声が返ってきた。
エーコ「あれ!! シキネくんだ、学校で会えたねー」(笑顔)
教室が凍りついた、二酸化炭素もびっくりだった。スウの一件で俺はこのクラスの人々から煙たがられているようだが、「またテメエか」みたいな空気が流れ始めた。
特に男どもからは「なんでテメエがエーコさんに名前呼ばれてんだ、殺すぞ?」と言わんばかりの顔面罵声を浴びせられた。
スウ「シキネーhelpー」(ぐったり)
スウが助けを求めている、珍しい。
エーコ「シキネくん、すごいんだよ、この子、スウちゃん。数学を教えてもらっているんだけど、なんでも解けちゃうの。見た目はこんなにちっこいのにねー」(きゃは)
あらら、この人は知らないのか。本人に聞こえないように教えてあげる。
シキネ「園崎さん、スウはですね、容姿のことを気にしているんですよ。だからそういうこと言っちゃ駄目です」
エーコ「え、そっか……ごめんねスウちゃん」(慌て)
スウ「もーいいですよー、慣れていますし」(ぐったり)
エーコ「ああ、敬語禁止! じゃなかった……今謝っているのは私だもんね」(ぷんぷん→苦笑)
スウ「うう……」(ぐったり涙)
スウが手招きしている、珍しい。
スウは机に伏せったまま起き上がる気力も無いようなので俺の方から耳をかしてやった。
スウは力無い声で言った。
スウ「一限目が数学で授業の質問をされてね、教えたんだよ。そしたらニ限目以降にも授業中に質問とかされてね。まあ、質問されること自体は別にいいんだけど、問題文が英語だったり、ものすごく解くのが難しい問題があったりしてさ、それが今までずっと続いているんだよ。もう頭痛いよう」(ぐったり涙)
スウがくたびれている、珍しい。
にしても、女の子に耳打ちされるのはやっぱりゾクゾクしちゃうな。
シキネ「まあほら、そういうのは留学効果だし、しばらくは大目に見ようよ」
スウ「十分大目に見てますー」(ぐったり涙)
シキネ「まあほら、お昼だし、とりあえずみんなのところへ行こうぜ」
スウ「うう……」(ぐったり涙)
エーコ「あれ、お二人は知り合いなんだ! お昼ご飯一緒に食べない?」(きゃは)
教室の空気がまた変わった。周りを見るとお弁当を持ってスタンバイしていた男どもが絶望の表情をしている、教室の外にまでいやがる。こいつらみんな園崎さんの出待ちかよ!! しかもよく見ると、男子に紛れてうちのクラスの担任までもがお弁当を持ってスタンバイしていた。担任きめえ!!
シキネ「他にもいっぱいいるけどいいかな? 筋肉とか」
エーコ「いいよ。賑やかな方が楽しいし」(デフォ)
シキネ「じゃあ行こうか」
正直俺は一刻も早くこの教室から出たかった。この、阿鼻叫喚が渦巻く教室から……。
――
会議スペース
――
彩里組、もといみんなのところへやっと合流できた。見たところみんなまだお昼を食べないで待ってくれているようだ。
あ、でもしゅんじとチカちゃんは食べていた。
白石「待ちくたびれたぞ」(真顔)
シオ「その子は誰?」(きょとん)
シキネ「噂の逆輸入留学生、園崎さんです」
エーコ「初めまして、園崎エーコです。ダブっているけど仲良くしてね」(笑顔)
果たしてダブっている~のくだりは必要なのだろうか?
そして、園崎さんのその有り余るバイタリティから容易に想像できたが、彼女は10分もしないうちに彩里組にものすごく溶けこんでいた。
エーコ「スウちゃんはすごいよ! 先生より全然わかりやすかったもん」(笑顔)
スウ「そんなことないよー」(苦笑)
シオ「いやいや、スウちゃんの教え方はわかりやすいってー。私もたまに教えてもらうけどさ、すぐに理解できるもん」(笑顔[開眼])
チカ「スウさんはすごい」(デフォ)
スウ「みんなしてからかわないでよ」(スウ)
シキネ「いやー、でも偏差値18の俺があんなに理解できるんだからさー」
スウ「偏差値18に教えるのはさすがに大変だね」(苦笑)
シオ「でも、スウちゃんに軽く教えてもらっただけでも19くらいにはなったでしょ?」(笑顔[閉眼])
エーコ「ん……18?」(きょとん)
園崎さんは「何を言っているのだろう」と言った顔つきで辺りを見回した。
コッコ「彼女、知らないんでしょう?」(にやにや)
俺と彩里さんで俺の成績のこと、この集まりのことを説明した、ありのままに。
エーコ「……駄目じゃん、シキネくん!」(驚き)
エーコ「シキネくんて……その……馬鹿だったんだね……」(悲壮)
シキネ「あの、自分でも理解しているつもりだったけど、そこまでハッキリ言われると辛いね」
エーコ「ああ……ごめんね。ほら……人間いろいろだし、人生これからっしょ!」(苦虫を噛み潰したような顔)
優しい嘘ならいらないよ、園崎さん。
シオ「じゃあエーコちゃんが英語を見てあげたらいいんじゃない? 英語ペラペラでしょ?」(笑顔[開眼])
エーコ「うん、ペラペラよー。そだね、じゃあ、ここはお姉さんが一肌脱ぎますか!」(苦笑)
園崎さんはその大きく真っ直ぐな瞳をこっちに向けて言った。
エーコ「Are you ready…?」(にやにや)
シキネ「い、いぇす、あいあむ」
こんな感じで俺の人生をぐるぐるに回すことになる6人の新しい教科担任は揃ったわけでした。

園崎エーコ(英語)
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