――4月13日(月)
――
教室
――
スウにローキックを食らって、彩里さんにハメられて、チカちゃんに無視されて、チリコが地理オタクで、コッコさんにショタコン扱いされた、そんな怒涛の一週間が終わった。二日間の心地よい金縛りにあった後は、また学校に来なくてはいけない。受験生だし、というか登校に関しては受験生でなくても当然のことだ。
白石「よう、シキネ」(真顔)
シキネ「ああ……」
白石「……なんだよ、つれねえな」(真顔)
[ホームルーム]
シオ「シキネくん、今日一緒にお弁当食べよ?」(笑顔[閉眼])
シキネ「ああ、うん」
そういえば、と彩里さんの口からコッコさんの話が出たときは少し驚いた。
シオ「シキネくんコッコさんに話しに行ったんでしょ?」(デフォ)
シキネ「ああ、まあね」
シオ「どうだった?」(真面目)
シキネ「えっと……いろいろ取り返しのつかないことにはなったけど……国語は教えてくれるって」
シオ「おおー! シキネくんすごいよ。コッコさんて大人気だから捕まえるの大変なんだよ!」(驚き)
シキネ「え……そうなんだ」
そういやコッコさん、自分のこと有名人って自負してたしな。
シオ「私も彼女をなんとしても捕まえようと、あの手この手、決定的な勧誘ポイントを調達しているところだったんだけど、なかなか情報が無くてね」(苦笑)
決定的な勧誘ポイントってアレだろ、弱みのことだろ。
シキネ「まあ、それなら良かったよ。何事もなくコッコさんにお話が通って」
シオ「何事も無く……ね」(うっとり)
……何をするつもりだったのだろうか。
シオ「じゃあお昼ね、この教室で」(笑顔[閉眼])
――
教室
――
[昼休み]
というわけでお昼ご飯が始まった。俺とスウと彩里さんとチカちゃんと……白石の5人で。
シキネ「白石いらねーだろ」
白石「うるひゃい」(真顔)
シキネ「口の中にものを入れたまま喋るんじゃありません!」
チカ「お姉ちゃん、アイツうるさい」(不満)
シオ「見てれば楽しいよ?」(笑顔[閉眼])
スウ「なんか……ヘンな感じ」(苦笑)
というわけで、無理やり引き合わされた感は拭えないものの、なんとか楽しくお昼をやっている……気はする。いつか、チリコも呼べる日が来たりしてな。でも流石に三年生ばっかりだし、チリコは引っ込み思案っぽいから難しいかもな、唯一の二年生も無愛想な感じだし。
チカちゃんの方へふと目をやる。一瞬で目をそらされた。やっぱり、嫌われているんだろうな、トホホ……。コッコさんも呼べば来るのかな。今度彩里さんに話してみよう。
白石「てかさ、聞いた?」(真顔)
シキネ「何?」
白石「転校生の話」(真顔)
シキネ「転校生?」
シオ「シキネくんは知らない? あのね、留学していた子が帰って来るんだって。それでね、うちの高校の留学制度だと自動的にダブっちゃうからさ、私達より一つ歳上なの。だから正確には転校生じゃないんだけど同じようなものかな?」(真面目)
白石「そうそう、それそれ」(真顔)
スウ「へー、私も知らなかった。三年に編入するの?」(驚き)
シオ「そうみたいだよ、本当は始業式に間に合う予定だったんだけど、手続きやらなんやらで、遅れちゃったみたい。でも今週中には来るとか聞いたよ」(笑顔[開眼])
白石「そうそう、それそれ」(真顔)
シキネ「へー、歳上か」
スウ「男子? 女子?」(きょとん)
シオ「女の子だったよね? 白石くん」(デフォ)
白石「そうそう、それそれ」(真顔)
シキネ「歳上+女の子→お姉さん属性だとぅ!?」
スウ「うわ、 ゴメン無理」(引き)
シキネ「そんなに引かないでくれ、スウ」
チカ「お姉ちゃん、アイツ気持ち悪い」(不満)
シキネ「そんなこと言わないでくれ、チカちゃん」
シオ「美人だといいねー」(笑顔[閉眼])
シキネ「その笑顔が一番怖いです、彩里さん」
こんな感じで最初はどうなる事かと思ったが、楽しくお昼ご飯することが出来た。しかし、みんな勉強会のことなんてすっかり忘れていたらしく、なんの計画も立てられなかったため、結局放課後も何もしなかったというのは秘密の話。
――4月14日(火)
――
教室
――
[ホームルーム]
担任が何か言っているがもちろん聞いていない。
担任「実は今日、この学年に……」
あ、スウからメールだ。なんだろう、こんな時間に。
スウ「留学生きた、うちのクラスに∵」
昨日の今日だあああああ!!!
担任「……編入する生徒がすごい美人だから、デュフフ、男子は頑張っとけ。以上」
シキネ「まあ……頑張ってみる価値は……あるかな」
[キリッ]
とりあえずスウに返信する。
シキネ「マジで?」
スウ「なんか、すごい美人∵」
シキネ「それ担任も言ってた(笑)」
スウ「しかも席が私の隣なんだけど∵」
シキネ「それはすげえ」
スウ「すごい大人っぽい、いいなー∵」
ああ、そうだ、容姿が子供っぽいことを気にしているんだっけか。
よし、じゃあここは一つ……。
・やっぱり歳上は違うよなー。
・でも俺はロリコンだからいいや。
・つーか2012年に世界滅亡するらしいよ。
[つーか2012年に世界滅亡するらしいよ]
うん、そうだ。ここは当たり障りのない話題でスルーするのが一番だ、もちろん根拠は無いが。
スウ「しないよ(笑) じゃあそろそろ授業始まるし、じゃあね∵」
うん……ミスったかな。
でも普通にスウとメールしたのって初めてかもしれない、スウも無愛想だからな。実はすごく面倒臭がられていたりして……好かれる要素は無いよな、少なくとも。
まあ、せめて数学を教えてもらえる程度の仲は保てるようにしよう。
それと、2012年は気合入れていこう。
[昼休み]
今日からお昼にコッコさんが加わった。最初は「賑やかなお昼はあまり得意じゃない」と断っていたのだが彩里さんのキラースマイルのおかげでしぶしぶだが来てくれたらしい。
コッコ「あの子の笑顔は一体何……? 命の危険を感じたわ」(焦り)
そう俺に耳打ちしてきた。
シキネ「あの……あまり大きな声では言えないけど、たぶん命に危険があるのは間違い無いよ」
コッコ「アナタ……私をハメたの?」(疑惑)
シキネ「いや……」
コッコ「いえ、ごめんなさい。そうね……アナタも被害者なのね……」(諦め)
聡明なコッコさんは何かを悟って、何かを諦めたらしかった。
そして今日は何故か白石に加えてしゅんじまで来ていた。
しゅんじ「筋肉じゃ受験に受からないって先生に言われてさ」(真顔)
先生も先生だ、他に言い方があるだろう。
白石に加えてこの筋肉の塊が勉強会にやってくるようになったらますますチリコが誘いにくくなるじゃないか、この筋肉の塊が!
スウ「でさ、今日の放課後は何かするの」(デフォ)
シオ「じゃあ、さっそく図書室で勉強会しよっか」(笑顔[閉眼])
コッコ「今日図書室は業者の搬入があるから難しいわよ……って言って」(真面目)
シキネ「俺に耳打ちしないで直接言ったらいいじゃないですか!」
スウ「そっか、図書室は駄目なのか」(デフォ)
シキネ「それなら地歴こっ……」
白石「おい、シキネ」(真顔)
シキネ「なんだよ、今話してんだよ」
白石「卵焼き交換しようぜ」(真顔)
シキネ「そんなん、しゅんじとやってろよ」
しゅんじ「俺、今日弁当忘れちゃった」(真顔)
シキネ「じゃあなんでお前ここにいるんだよっ!!」
そういうわけで結局チリコのことも地歴公民教室のことも言いだせないまま、明日から頑張ろうという受験生に一番ふさわしくない結論に至ったのだった。
――
教室
――
[放課後]
シキネ「……」
シオ「どうしたの、シキネくん。なんか固まっているけど?」(きょとん)
シキネ「……わからない」
シオ「さっきの数学?」(きょとん)
スウ「やほー」(デフォ)
シオ「ああ、ちょうどいいところに、スウちゃん」(笑顔[開眼])
スウ「なんかあったの?」(きょとん)
シキネ「……わからない」
六限は数学Ⅲの授業で、無限やらなんやらの話をしこたま聞かされた。
シキネ「なんで∞/∞ってやっちゃいけないの?」
スウ「不定形になるから」(デフォ)
シキネ「……なんすか、それ」
スウ「よくわからなくなっちゃうってこと。理解するのが目的だったのに結果がよくわからなくなっちゃったら困るでしょ?」(デフォ)
シキネ「いやでもさ、x/xって全部1じゃん? だから∞/∞も1になるんじゃないの?」
スウ「なるほどね、そういうことね。シキネは割り算出来るんだよね?」(ほう)
シキネ「出来ると思うんだけどな……」
スウ「割り算の対象って数でしょ? 複素数でもなんでも含めて」(教える顔)
シキネ「うん」
スウ「∞ってね、数じゃないんだよ」(苦笑)
シキネ「え」
スウ「だからそもそも∞/∞って書くことすらおかしいことなんだよね、本当は。教科書をよく見て。∞に関しては加減乗除の四則計算が一切されてないでしょ?」(デフォ)
シキネ「え、あれ、本当だ、よく見たらどこにも載っていない!」
スウ「∞/∞が1になるかどうかは私たちの数学ではわからないわけ。x/x(ただしx≠0)のときとは違うんだよ」(デフォ)
シキネ「だからこの形にならないように計算する……ってこと?」
スウ「そういうことだね」(笑顔)
シキネ「そうか、1にならないのか」
スウ「ううん、違うよ」(デフォ)
シキネ「え」
スウ「1になるかどうかわからないんだよ」(デフォ)
このとき、内心「どっちでもいいじゃねえか」と思ってしまったが、すかさず訂正を入れる彼女を見て数学が出来るってこういうことなんだなあと感じた。厳密で飛躍を許さない数学。その厳密さによって美しさを保っている……そういうことなのだろうか。
それじゃあ……君の美しさは……?
俺にはわからない。わからないことだらけだ。
わかるのはまた別の話。
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