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教室
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[休み時間]
なんだかなあ、人員は順調に集まっているのだが、当の俺が蚊帳の外状態である気がしてならない。
あ、そうか、そもそも俺には勉強をする気が無いのか、だからいまいち実感がわかないのだろう。そうだ、これはまさに三者面談で親と担任教師が「私たちの時代はねえ」などと受験トークで盛り上がっているのを傍で聞いている気分にそっくりだ。
まあ、そんな自己分析は置いておいて、もう「数学」「物理」「化学」「地理」の教科担任は揃ってしまったんだ。そろそろ俺もぷるるん女子トークにふんどしで割り込むくらいの気概を持ち合わせておかないと……。
白石「あとは英語と国語だな」(真顔)
シキネ「うわぉっい!」
白石「あ、あと地理もか」(真顔)
シキネ「なんだ白石、いきなりだな」
白石「俺的にはしっかり手順を踏まえてから言ったつもりだが」(真顔)
シキネ「知らねえよ、そして地理はもう人が見つかったんだ、そしてそしてこのことはお前には関係ない」
白石「あるだろ」(真顔)
シキネ「なにが?」
白石「混ぜて」(真顔)
シキネ「は? マジで言ってんの?」
白石「いいだろ、ケチんぼ」(真顔)
シキネ「じゃあ彩里さんに聞いてみてよ」
ツカツカと白石が彩里さんの方へと向かう。
戻ってきた。
白石「いいってさ」(真顔)
シキネ「あ、そっか……じゃあよろしく」
白石「俺……こういうの初めてだからさ……」(真顔)
シキネ「何が?」
白石「バカヤロウ……言わせんなって……」(紅潮)
シキネ「ああ、わかった。わかったからもうやめろ」
俺は白石の手をとって強く握った。
シキネ「わかったから……」
白石「……バカヤロウ」(紅潮)
全く……つくづく白石はツンデレだぜ、全く。
そして一連の流れを見て一部の女子がザワザワし始めた。以前からそうだが、白石の婦女子人気は相当なものである。あ、腐女子か。
――
廊下
――
[放課後]
英語と国語か、また彩里さんのネットワークから誰かを紹介してもらおうか。いやでも彼女も既に探しているだろうから、話が無いってことは見つからないのかもしれない。かといって俺のネットワークには白石としゅんじくらいしかいないわけだし。
というか、やっぱり今ある教科だけでも十分な気が……。
シキネ「うーん……」
考えを巡らしていると視界に見覚えのある顔が映った。
スウ「あ、どーも」(きょとん)
シキネ「ああ、スウか」
そしてスウが訝しげな顔をしているのに気がついた。
スウ「何してんの? こんなところで」(きょとん)
シキネ「え?」
スウ「こんな……女子トイレの前で」(引き)
シキネ「あれ? うわ、ホントだ! 女子トイレの前だ!」
スウ「なんだかとっても白々しいんですけど……」(引き)
シキネ「ホントだってば、考えごとしていたらいつの間にか聖なる泉に……」
スウ「まー、気持ちはわからなくもないかな。私もたまにあるよ、考えごとしているうちに気付いたら変な場所にいること」(苦笑)
シキネ「スウは頭いいもんなー。いつもどんなことしているの?」
スウ「いつも? うーん、数学に関しては特に何もやって無いね。自分が楽しくてやっていたことがテストに出ている感じ。単純にさ、数学が趣味なんだよね、バレー部の女の子がバレーのことばっかり考えていたり、男子がその、女の子のことばっかり考えていたりするのと同じように数学のことばっかり考えている」(考え顔)
この人はすごいなあ、と思った。カッコイイと思った。
シキネ「うん、やっぱりすごいよ、楽しいと思えるっていうのは一つの才能なんじゃないかな? 俺なんかホント全然で」
スウ「あー、君もかー」(苦笑)
シキネ「?」
スウ「数学って楽しいものなんだよ? 他の勉強だってそう。ただ、今の学校での勉強みたいに“やらされている”と気付きにくくなりがちなんだよね」(苦笑)
シキネ「え、そういうもんなの?」
スウ「数学は愉快なことや美しいことで満ち満ちているんだぞ!」(笑顔)
彼女は今まで見たこと無いような嬉しそうな笑顔でそう言った。何故か……何故か俺は数学に少し嫉妬してしまいそうだった。
シキネ「へえ、ありがとう。何だろう、ちょっとやる気になったかも」
スウ「それは良かった」(デフォ)
今までちゃんと会話する機会がなかったけれど、スウは頭のいい人なんだなとほとほと実感することになった。数学のことになるとよく口が回り、楽しそうな表情を見せる彼女がとても印象的だった。彩里さんとハゲタカ理系トークをしていたときのあの顔だ。ぷるるん女子トークのときとは違う。俺にもこんな顔で好きなことを語れる日は来るのだろうか。初めてスウのことを羨ましいと思えた。恋愛対象とかではないが、単純に人間として彼女に惹かれつつある自分に気が付いた。
シキネ「あ、そういえば国語の教科担任なんだけど……」
スウ「国語かあ……国語は私も古典が苦手だなあ。コッコさんって知っている?」(苦笑)
シキネ「何それ? どこの鳥?」
スウ「女の子なんだけど、すごく大人びていて羨ま……いや失言。私も数回しか話したことないんだけど、全国模試の国語で偏差値80くらいとっちゃうすごい人」(デフォ)
シキネ「あれですか、どこの学校にもあると言われる“頭いい人ネットワーク”ですか」
スウ「たしか図書委員だったはずだから、図書室で“ためになる本”でも読んでいれば会えるんじゃない?」(考え顔)
シキネ「わかった、行ってみよう」
スウ「そっか。それじゃあね、私は帰るし」(デフォ)
シキネ「ばいばいアゲイン」
スウ「ばいばい……アゲイン?」(きょとん)
――
図書室
――
うーん、ためになる本って何だ。
ためになる本。
ためになる本。
ためになる本ためになる本ためになる本ためになる……。
何がためになるんだ?
シキネ「うーん……」
――
??「これ、お願い」(デフォ)
??「あ、コッコさん、毎日来ますね」(笑顔)
コッコ「何、井部くんのくせに皮肉かしら?」(なまめかしい)
井部「いえいえ、違いますよ」(慌て)
コッコ「んふ、私の居場所なんてここくらいしかないでしょう?」(笑顔)
井部「そうやって自分では皮肉るんですね」(苦笑)
コッコ「あら、文句ある?」(笑顔)
井部「はは。それにしてもこの“ためになる本”って面白いタイトルですね」(笑顔)
コッコ「でしょう? “ためになる本”ってタイトルを付けるくらいだからよっぽどためになるのか、名前だけの……」(デフォ)
――
シキネ「アーッ! “ためになる本”あった!」
だいぶ大きな声を出してしまった。マズイと思ったときにはもう遅く、図書室の注目は俺と“ためになる本”のやりとりをしていた二人に集まった。
コッコ「ちょっとお兄さん、アナタいきなりどうしちゃったの? って、あら、もしかしてアナタ……」(驚き)
シキネ「俺のこと知っているんですか?」
コッコ「シキネくんだったかしら?」(デフォ)
シキネ「なぜ俺のことを?」
コッコ「アナタ、結構有名よ? だって……」(にやにや)
まさか、まさかこんなところで最近の行いを反省することになるとは思わなかった。
コッコ「だって確か、小学生好きのロリコンで今日も教室でホモ達とホモってたんでしょ?
ロリコンでホモ……あ! もしかしてショタコンなのかしら?」(なまめかしい)
ヒント1:図書室は静かな教室です。
ヒント2:俺は今、室内の注目を浴びています。
ヒント3:この女性はよく通る綺麗な発声をしていました。
その時、あんなに静かだった図書室がざわめきだした。
シキネ「ちょ、ちょっと、誤解だ!!」
コッコ「こら、図書室なんだから。大声出すのはやめてもらえない?」(にやにや)
井部「あの、コッコさん、誰なんですかこの人、ショタコンって……」(引き)
シキネ「だから俺はショタじゃ・・・って、コッコさん?! あなたが?」
コッコ「あら、アナタも私のこと知っていたのね。お互い有名人は辛いわね」(デフォ)
ということでコッコさんに全てを説明した、“ためになる本”のことも。
コッコ「ふふ、それで私のところに来たの?」(にやにや)
シキネ「まあ」
コッコ「あはは、可笑しい。変な子」(笑顔)
シキネ「まあ」
コッコ「アナタ、頭湧いているんじゃないの?」(なまめかしい)
シキネ「すんません」
コッコ「それで、どうなの? 実際のところは、ショタなの?」(にやにや)
シキネ「ショタじゃありません!」
コッコ「ホモなの?」(にやにや)
シキネ「ホモじゃありません!」
コッコ「ロリなの?」(にやにや)
シキネ「ロリかロリじゃないかで言ったらロリです」
コッコ「アナタ、本当に面白いのね。いいわ、質問があったらいつでも図書室にいらっしゃい。いつもここにいるわ。ね、井部くん」(デフォ)
井部「いつもいますよね。図書室もいいところですよ。幼い男の子の文献などもたくさんありますし」(苦笑)
シキネ「だから俺はっ!」
コッコ「あら、でもこの“ためになる本”にも『自分の本当の気持ちを素直に見つめてみましょう』って書いてあるわよ?」(にやにや)
シキネ「だから俺はっ!!!」
そんな感じで俺の図書室デビューは大成功だった。
俺が自分の気持ちを素直に見つめるのはまた別の話。

コッコさん(国語)
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