――4月10日(金)
――
教室
――
スウ「で……君はどれくらい数学が出来るの?」(疑問)
シキネ「出来ません」
スウ「じゃあ……数学は好き?」(デフォ)
シキネ「なんとなく好きです……が、出来ません」
スウ「OK……じゃあ、どこまで出来るの?」(笑顔[同情])
シキネ「出来ま……ええと、出来るのは、足し算と、引き算と、掛け算と、割り算です」
スウ「なるほどねー、了解」(デフォ)
シキネ「掛け算が一番得意です」
スウ「ほう……」(デフォ)
シキネ「あ、あと消費税!」
シオ「シキネくん今はもう税込表示だよ」(笑顔[閉眼])
スウ「フッ、了解……」(苦笑)
その日、スウは休み時間に俺と彩里さんの席のところまでやってきて、まるで塾講師さながらの面談を始めていた。
しかし意外だ、もっとバカにされたり残念な顔をされたりすると思っていたのに。
シオ「どうですか……先生?」(真面目)
そして彩里さん、あなたは一体どういう立場なんですか。俺の何なんですか。
スウ「んーまあ、そうだね」(苦笑)
シオ「これが……偏差値18の正体」(真面目)
いや、だからさ、彩里さん……。
スウ「とりあえず、出来ないことがわかっているだけマシかな」(苦笑)
シキネ「え、そうなの」
スウ「うん、これからどんどん伸びるよ」(笑顔)
シキネ「そっか……よかった……」
スウ「まあ……君がちゃんとやればの話だけれどね」(苦笑)
面談のあとはこれからの計画などを一緒に立てた。正直、俺の方はというと元々自分で勉強が出来ないくらい無計画に生きているのだから、話し合いの主体となっていたのはスウと彩里さんだった。俺が気になるのはやはり彩里さんのことである。スウは彩里さんの頼みだからということで俺に力添えしてくれているみたいだし、チカちゃんにしたって彩里さんのはからいだった。
そもそも、この「俺に勉強を教えよう企画」の発端となったのは彩里さんである。そしてなぜが当の俺よりも張り切っている気がした……。普通に考えて、いくら偏差値18という歴史的な不出来者が勉強を教えてくれとのたまっているからといっても、ここまでしてくれるのは人が良すぎるのではないか。
やはり……何か企んでいるのだろうか……。
その笑顔の下にはどす黒い渦巻きが見え隠れしていた。
ん、そうか、そういえば企みはあったんだっけ。
――4月9日(木)
――
彩里宅リビングダイニング
――
昨日のチカちゃんのことである。
チカちゃんに「やだ」と言われたあと、彩里さんは必死に説得してくれて、俺は必死に土下座をし続けた。しかしまあ、それも虚しく、「やだ」が続いたので彩里さんもついに諦めたらしく、
シオ「うーん、そこまで嫌なら仕方ないか…… じゃあ、わかった。ちょっと大変かもしれないけど、化学も私が見ることにしよっか」(残念)
といった流れになったのだが、その途端に、
チカ「……そういうことになるなら……私がやる」(しぶしぶ)
とチカちゃんはあっさりと承諾してくれたのだった。
押してだめなら引いてみろってことなのか? ということは、もしかしてさっきの引きは演技だったのか。策士なのか。
シオ「あらあら、いいの、チカ?」(笑顔[閉眼])
あ、これは策士だ。
チカ「たまに……本当にたまになら……」(困惑)
シオ「そう……。だって、シキネくん」(笑顔[閉眼])
シキネ「ありがとう、チカちゃん」
チカ「……」(デフォ)
結局、チカちゃんは俺に口を聞いてくれることの無いまま部屋に戻っていった。
シキネ「いやあ、なんかすいません、姉妹そろって面倒を見てもらうことになって」
シオ「ううん、感謝したいのはむしろこっち。実はね……」(笑顔[開眼])
実はこういうことだった。
彩里さんは元々俺の化学のことなどは眼中に無く、人見知りの激しいチカちゃんの交友の幅を広げようとしていたのだ。こういう企画モノだったら、チカちゃんも人との交流をせざるをえないだろうと考えたらしい。
シキネ「ああ、じゃあ俺はハメられたってことですかね?」
シオ「ごめんね。でもほら、物理教えてあげるじゃん、ね?」(笑顔[閉眼])
あまりにも親身に俺の力になってくれるものだから、もしかしたら彩里さんは俺に気があるんじゃないかと淡い期待も抱いていたが、宙に弾けてしまった。
シオ「チカはさ、特に男の人に対して全然免疫がないから、かわいがってあげてね」(笑顔[閉眼])
シキネ「かわいがるって……」
シオ「えへへっ」(笑顔[閉眼])
――4月10日(金)
――
教室
――
そういうわけで企みはあったのだ、今度はものすごく妹さん想いということになるが。
とにかく、これで「数学」「物理」「化学」の勉強は見てもらえることになった。とても強力な3教科だし、もうこれでいいんじゃね、という気がするが、スウも彩里さんも「残りの科目どうしようか」と、やっぱり俺よりも真面目に悩んでいた。
そして、もうひとつ彼女らが真剣に話し合っていることがあった。
シオ「やっぱり図書室じゃないかな……」(真面目)
スウ「そうだね、勉強スペースもあるし」(デフォ)
シオ「他に候補は?」(真面目)
スウ「んー、地歴公民教室みたいな特別教室だったらどこか空いているかも」(デフォ)
そう、どこで勉強するかということだった。
シオ「いいね。ほら、図書室にあんまり大人数で行くのもよくないし……」(真面目)
最終的にどんな規模にするつもりなんでしょうか……。
スウ「今日の放課後行ってみようか?」(提案)
シオ「ごめん、私今日委員会があるんだよ」(残念)
スウ「わあ、さすがシオだ」(驚き)
シオ「そうなの、三年になってからもまた引き受けることに……なっちゃって」(てへぺろ)
スウ「人望があるってことでしょ。だけどほら、二年のときはもう一人がさ……」(笑顔)
シオ「ああ、石田くん?」(デフォ)
スウ「そうそう、すっごいカッコつけたがりだってみんな言っていたじゃん」(苦笑)
シオ「うーん、でもいい人だったよ。仕事もちゃんとこなすし……まあ確かに、カッコつけだったかな……?」(笑顔[閉眼])→(呆れ)
スウ「でしょー?」(苦笑)
シオ「誰も見てないのにねー」(呆れ)
スウ「あはは」(苦笑)
……ここはあれか、女子会か。なんで男の俺が混ざっているんだ、ああそうか、元勉強会だったのか。最初から少し蚊帳の外っぽい感じはしていた。ぷるるん女子トークが始まったあたりから俺は「確かに自分の席に座っているはずなのに、自分の居場所がわからなくなる」という非常に哲学的な命題と向き合うハメになっていた。
――
廊下
――
シキネ「なあ、白石」
白石「あ?」(真顔)
シキネ「なあ、筋肉」
しゅんじ「あ?」(真顔)
シキネ「男子会やろーぜ」
白石「あ?」(真顔)
しゅんじ「あ?」(真顔)
シキネ「やろーぜ、やろーぜ」
白石「やらねーよ」(真顔)
シキネ「やろ……」
白石「やらねーよ」(真顔)
シキネ「……」
白石「やらねーよ」(真顔)
男子会でわっしょいするのはまた別の話。
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